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大学生協の本はなぜ安い? 〜書籍の再販制度を問い直す〜

大学生であれば、生協の組合証を提示すれば、一割引程で教科書を買うことができるというのはもちろんご存知の通りだろう (大学によって、割引の有無、高低はあるかもしれないが) 。だがちょっと待って欲しい。「本来、本は定価で販売されているのに、なぜ割引されているの?」という疑問を抱いたことがある人もいるのではないだろうか。今回のコラムでは、この疑問を端緒として、我が国の本の販売システムと向き合っていこう。

 

なぜ本は定価で販売されているのか?

あなたが普段購入する本、その値段はどこの書店で買っても同じである。これには著作物の「再販売価格維持制度 (以下、再販制度)」がはたらいているからだ。著作物の「再販制度」とは、出版社が書籍・雑誌の定価を決定し、小売書店等で定価販売ができる制度のことだ。例えば、出版社がある本を1000円で売ると決定したら、書店はその本を必ず1000円で売らなければならない。本来、商品の供給者が,その商品の取引先である事業者に対して転売する価格を指示し,これを遵守させる行為を内容とする契約である「再販売価格維持契約 (以下、再販契約)」は、公正な競争を制限するものとして原則として独占禁止法によって禁止されている。だが、公正取引委員会が指定する商品 (書籍・雑誌,新聞など) については,再販契約は適法と認められているのだ。

 

本が割り引かれるのはなぜ?

それではなぜ生協では本を1割引で買うことができるのか。独占禁止法第23条5項では、共済組合や生活協同組合は再販契約を遵守する義務を負わないと規定されている。「教科書販売」の販売主体は大阪市立大学生活協同組合だ。そのため我々は割引の恩恵を受けることができるのだ。他大学の生協でも、書籍の1割引は一般的となっている。専門書となると、一般的な書籍に比べて割高である。その上での1割引は、やはり魅力的だろう。ところで皆さんは、その本の価格は、適正であると思うだろうか?

 

再販制度と向き合う

これまで「再販制度」を巡って、廃止すべきか存続すべきか、多くの議論がなされてきた。普通に考えれば「再販制度」は、一定の卸売価格や小売価格をメーカーが問屋や小売店に守らせ、問屋や小売が自由に価格を設定できないようし、小売間の競争を抑制することになるから、消費者利益を阻害する。

 

しかし一部では、再販制度には維持すべき合理的理由があると主張する声もある。例えば「社団法人 日本書籍出版協会」は以下のように再販制度を肯定する。出版物には、個々の出版物が他にとってかわることのできない内容をもち、種類がきわめて多く、新刊発行点数も膨大といったように商品と著しく異なるという特性がある。このような特性をもつ出版物を読者に届ける最良の方法は、書店での陳列販売であり、再販制度によって価格が安定しているからこそ、それが可能になる。もし再販制度を撤廃したら、本の種類が少なくなり、本の内容が偏り、価格が高くなり、遠隔地は都市部より本の価格が上昇し、町の書店が減る、という事態になり、読者が不利益を受けることになる。

 

確かに価格競争に陥ると、書店が仕入れる出版物は多くの販売を見込めるものが中心となる一方、売れない本は高くなってますます売れなくなり、専門書や個性的な出版物を仕入れる書店が減少すると考えられる。そして売れさえすれば良いというような、くだらない本が溢れ、日本の書物文化が破壊される恐れもある。

 

ただ、昨今の出版状況を見るに、現状の制度をありのまま維持するだけという意味での「再販制度」擁護論は受け入れがたいと言える。我が国では1997年以降、出版産業の市場規模は年々縮小しており、いわゆる「出版不況」の状況だ。ここ10年で大型書店の進出が進んで来た中で、ランキングに依存するような状況がどんどん酷くなってきている。そして、書店の数は年々減少している。しかし、その一方で書店の総売場面積は増加している。インターネット書店や、全国の都市部に進出する大型書店に対して、小規模の書店は苦戦を強いられているのだ。つまり再販制度を維持していても、再販制度を廃止した場合に考えられるような状況が、現在の出版業界には生じているのだ。だからこそ、書店には再販制度を廃止しようが維持しようが、その枠組の中で変革を起こすことが求められる。インターネット書店や大型書店に対して競争面で不利と考えられる小型書店でも、地域読者のニーズに沿った本の仕入能力を備えたり、多様な書店ビジネスを提供すれば生き残る道は開けるのではないだろうか。その上で、どうしても書物文化の破壊が防げないというのなら、再販制度という点からではなく、別の切り口から小型書店の維持や書物文化の保護に取り組んでいくべきである。

 

まとめ

キケロは言った、「書物なき部屋は、心魂なき肉体の如し」。では、書物文化が滅びる国には、いったいどんな未来が待ち受けているのだろうか。本は、様々な点で知識の根源である。文化を形成する上で決して滅んではならない存在だ。我が国の書物文化を守るためには、再販制度の維持か廃止かといった二者択一的な議論から脱却し、効果的な販売制度や販売方法を検討していくことが重要ではないだろうか。我が国の書物文化の行く末が、問われている。